Keiko Matsumoto

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仙人の森へ。

昨日は札幌から車で1時間ちょっとかけて白老まで出向きました。先日建築家さんから教えていただいた、そのお父さまの作っている「仙人の森」へ。白老ってこんなに美しいところだったのですね〜〜。青空のもと、ちょうど新芽の芽吹く山々に山桜が残っていてもう、それだけで大興奮です。自家製ハスカップジュースでもてなしていただいて、鳥たちやハルゼミの声に癒され、高台からの景色に興奮しました。けいこちゃんが言っていてなるほどと思ったのですが、自然の美しさだけでなく、細部まで人の意識が行き届いている、その美しさが印象的でした。鹿よけの電柵のある人の居住区(?)は1haくらいで、でも山も持っていらして全部で4ha。定年退職してから作り始めて今、20年。現在80を超えるオーナーのおじいさまが、ご自分の試行錯誤を静かに楽しそうに語っていらして、そのかっこいいこと。そしてお肌ツヤツヤの奥様のかわいらしいこと。2、3枚写真も載せようと思ったら選びきれず大量になってしまった。現代文明の街からはずいぶん遠い感じのあるこの場所でも、けいこちゃんもいたく気に入ってくれて、ますます僕らのイメージがうまく重なってきた感じもしています。いや〜、ほんと美しいところだった。

祖国の共同創造プロジェクトはじまります!

一族の土地を創造し、そこに生きたい人、それを創るパートナーとずっと愛ある関係を築きたい人、そのことを通して美しい地球を後の世代に残したい人、そういう人集まれ〜〜っていうプロジェクトがスタートします。結局僕らがやりたいことといえば、一族の土地「祖国」で最高に満ち足りた時間を生きて、そんな祖国をつくる人たちが増えることで、現在の地球の危機が大逆転されていくのを見たいってことだけだな、と思います。祖国って何かは、この投稿の後半にメモをつけますね。「僕ら」っていうのは僕と けいこちゃんだけでなく、思いを同じくする同志の後藤 志果ちゃんにも加わってもらってプロジェクトチームが立ち上がったから。手始めにオンライン・オフライン含めて祖国ミーティング的なイベントをやっていくことになりました。僕らもまだまだ勉強する必要があって、いろんな専門家で共感してくれる人、できることならアナスタシアの読者でもあるような人を招いてトークイベントをやったり、このムーブメントに参加したい人たちが、思いに繋がり思いを語れる場が作られたりする予定。そうして集まってエネルギーが高まって行動する人が増えてきちゃうのだ。その感じがありありとイメージできる。誰もが自分の願いに気づき、繋がり、人とつながり、大地とつながっていく。その願いを諦めなくていいんだ、と希望を支え合う暖かなコミュニティができていく。そこで縁を繋いだ「先に創り始める人」を手伝うことで、やがて自分が創造するときのための経験値もつめちゃう。僕らのメンバーに共通する「祖国」のイメージで特徴的なのは(強調したいのは)、物質的な循環だけを強調せず、そこにアナスタシアのいう「愛の次元空間」が作られることを大切にするということ、そして文明を否定した田舎暮らしというスタイルではなく、文明の経験を大切にした先の世界を作りたいということ。 その中で僕らの目指すところ、活動の理念はこんな感じ。私たちは誰もが、地球のシステムとの調和の中に生き、人との調和の中に生きる地球社会を創造します。具体的には、自分たちの原初の楽園・地球のシステムと調和したホーム「祖国」を共同で創造したいと望む全てのパートナーに、あらゆるサポートを行なっていきます。イベント詳細決まったらまたお知らせするので、じゃんじゃんおいでください。**** アナスタシアのいう一族の土地「祖国」について ****(祖国のロシア語はRodinaで、英語にするとmotherland, native landというような意味。語源分解的には、Rod i na (Father and Mother)といわれ、大地という意味以上に家族の含意がメインになるらしい。) *はじめに概要・子々孫々、暮らして行くのに心地いいと思われる土地を1ha持つ。(参考までに、新宿御苑で祖国60個分くらい)・そこに一組の男女が共同で一つの生き物のようなエコシステムを創造する。 *いのちが繋がりいのちの循環する場所・周りに木や植物を植えて生きた塀をつくり、土地の半分ほどを森にする(必要な木を植える)・植物を植えるにあたっては、種子に自分の情報を十分伝え、 その後も折に触れて補足情報を与えていく・そうしてできた穀物や野菜や果樹によって食物を自給する これらはその一家のためにカスタマイズされた比類ない薬草となる・動物たちも人の愛によって本来の特性をもって人に仕えている ・建材も後の世代は祖国で自給する (最初の世代は小さな家を建てる) *愛の次元空間と人の一生・そこで妊娠、出産、育児が行われる・子供を持つにあたっては、親が3つの点を重ねて提供する 1.一族の木を植え、その子がどんな過ごし方をするか創造する   生まれてくる子供を意図を持って創造する 2.愛を持って創造された祖国の空間で妊婦の期間を過ごす 3.祖国で父親の立会いのもと、子供を迎える(出産) こうすることによって、宇宙の全てが助け始め、 生まれた時には3人に神が冠を授ける ・こうした愛の次元空間を創造する それは、一年を通して人の目を楽しませるアートでもある ・全ての生き物に役割を与え、そのことによって調和が作り出される・そこに住む人の心臓のリズムと、祖国のリズムがシンクロしている・死んだものはそこに埋葬される 故人の思いがそこかしこに創造されているため墓標はいらない *一族の書・これらを創造するにあたっては、実際に土地を得たりする前に 「一族の書」として、その意図を書き始める 子供達に伝えたい叡智を、自分の内側にみつけて書くことができる・そこに描かれているものが実際に祖国に見つかることで、 後の世代の人たちは先祖の思いと繋がることができる *行政との連携・1haの土地は、国が無償提供する(2017年よりロシアで開始)・祖国の中で作られたもの(木製品やジャムなどの食品など)には課税されず、 自由に販売することができるようにしていく・現在ロシアでは大小さまざまで20〜300世帯からなるコミュニティが300を超え、数万人が「祖国」で生活している***** 祖国については4巻「共同の創造」に登場。植物との交信方法など詳細は1巻、5巻はじめ各所に断片的に描かれている。「一族の書」は第6巻に登場。写真:祖国のイメージを描いてもらったもの描いてもらったもの。

後々の世代にどんな人生を用意したいのか。

一族の土地「祖国」とは、後々の世代にどんな人生を用意したいのか、という具体的な意思表明でもあります。今日は仲間と祖国のプロジェクトについてミーティングをしてまして、いや〜、刺激的でした。アナスタシアが6巻で話すところによると、たとえ1haの土地を得ていなかったとしても、その願いを本に書き始めたらいい。子供たちにどんな世界を残したいのか。どんな鳥のさえずりが聞こえて、どんな花の香りがする人生を与えたいのか。どんな食べ物を味わわせ、どんな木陰で憩って欲しいのか。それを内なる叡智に尋ねて書き記す時、そこには真実が顕れる。僕らみたいなはじめの世代は、もしかしたらほとんど何もできないかもしれない。それでもいいんだ、って書いてあるところにすごく希望を感じるんですよね。そういう人が書く一族の書について語られている箇所がまたたまらない。「『私は貧しく、老年になってはじめて人生の意味について、子どもたちに与えたものについて考えるようになった。そして、我われ一族の空間の設計図をつくった。それはおまえたちのためのものだ。我が子たちよ、私は本に詳しく書き残した。私自身が成し得たことは、果樹園に果樹を九本植え、林ができるはずの場所に木を一本だけ植えたことだ。』 年月が過ぎ、孫がその本を読み、おじいさんを思い出す。そしてたくさんの木々が生えている一族の土地の中で、力強く生える荘厳な杉や樫の木の下へ歩み寄る。 愛と感謝にあふれる息子の意識が空間へと飛び立ち、おじいさんの意識と合わさる。すると新しい存在の次元空間が、二人のために生まれる。永遠の生は人間に十分に与えられている。地球と宇宙の惑星の開拓とは、すなわち、一人ひとりが自分自身を変容させることなの。 一族の書が、子孫たちに善い知らせを伝えるのを助け、書き始めた人の魂が地球で再び人間に具現化するのを助ける。」自分の中の愛につながり、その愛を込めたなら、たとえ実際には木を一本植えただけでも、そこには真実の愛が宿ることが僕にはわかる。いや〜、ふるえる。

現代文明と戦わない。お金と戦わない。

現代文明と戦わない。お金と戦わない。そういうふうに進めたいんですよね。一族の土地「祖国」づくり。今日も彼女とみっちりミーティングしたり、北海道の土地を扱っている不動産屋さんに行ってみたりしていました。僕は、誰の中にも、地球と調和して生きたいという願いがあると知っているし、地球に害をなさない生き方をできることなら選びたいという願いがあると知ってる。誰の中にも。気づいてなくても。産業革命以降、一気に地球環境・自然界との調和が破壊されてゆき、戦後はそれが都市で生きる人の衣食住の細部にまでしみわたってしまった。そうなってきた理由は様々だけれど、別にみんなして悪意を持って破壊しようとしたわけではなくて、むしろ素朴に自分達、子供達の幸せを願う人たちが、ちょっとばかりの無知や恐れで作り上げてきた現実。でも、誰の中にも、地球と調和して生きたいという願いがある。その願いのほとばしりは、調和から一番離れてしまった大都市、たとえば東京駅周辺でさえも(だからこそ?)たくさん見つかる。***新丸ビルができたとき、こんなに木が植わった建物ができるなんて!と驚いたし、八重洲の再開発でグランルーフができたときもできるだけ緑が豊かに、という設計になってるのを感じた。東京駅近くの1泊10万円とかする高級ホテル(アマン東京)には、小さいけれど一目でわかる自然植生の森が作られていて、ものすごく驚きました。「20世紀に描かれた未来」はいまや完全になくなった。40年前に共有されていた、高層ビルの間のガラスチューブを車が走ってる未来はもうない。自然界との調和を取り戻したい。そんな中で緑とともに生きていたい。そういうたましいからの願いの種がどんどん撒かれるようになって、それが少しずつ芽を出している。***アナスタシアの言う一族の土地「祖国」は、僕にとってはこの願いを生きるための最も実践的な方法。そして地球規模で僕らが調和的な生き方を取り戻す、最後の希望。最後の希望って書きかけて、一回消しかけて、また書いてしまった。もうね、最後の希望っていう段階ですよ。地球は。でもここへきて、オセロがパタパタと世界中でひっくり返っていく希望の光がみつかったって僕は感じてるのでした。地球と調和して生きたいという願いをもっていたら、あなたはそれを大切にしていい。地球に害をなさない生き方をできることなら選びたいという願いをもっていたら、あなたはそれを大切にしていい。もし今無力で、多少なりとも破壊的な生活をしていたとしても、その願いは持ち続けていいの。ここを握りながら、現代文明と戦わず、お金と戦わず、ただこの夢を真剣に叶えていきませんか?もっともっと仲間が欲しくなっている今日この頃なのでした。いつか絶対やりたいって人、どのくらいいるんだろうな。一人じゃなかなかできない、進まないと思っている人たちはどんなサポートを必要としているんだろう。どうですか。(写真は札幌での近所の平岡公園梅林の夕焼け)

パートナーの言うこと、やることに、「はぁ!?意味わかんない!」と思ったことのある人は、これをちょっとでも知ってほしい。

連休最終日は、発達初期のトラウマの月1回のクラスに参加してきました。さて、僕と彼女は、お互いの間で感じた気持ちを全て真実から語り合う、ということに挑戦しています。それは以前の僕には到底不可能だったこと。僕自身、「誰にも絶対に理解されない」人生をずっと歩んできたし、ことばで理解し合えるなんてそんな夢まぼろしは、地球で現実的に生きるならすっぱり諦めたほうがいいと思ってきた。何十年も。心の師である河合隼雄先生も「男女は理解し合えないが、協力はできる」という名言を残していて、そうだよな、理解はし合えないよな、と僕も同意していたわけです。でもそれは、今では真実ではないとはっきりわかります。****「人は、ことばを尽くして深く理解し合える。」ただそのためには技術も知識も大いに必要。少なくとも僕は、そういうものを総動員しないと、彼女とこんな風に分かり合える関係は作れませんでした。「誰にも絶対理解されない」と思っていた僕が、彼女は誰よりも僕のことをほんとうにわかってくれている、と感じられる関係を築けるまでになった。感情的な・あるいは神経システム的なトラウマ反応の扱い方、乳児期・胎児期のトラウマによって形成されたパターンの理解、感情をぶつけるのではなく感情そのものについてとその奥にある願いについて語るコミュニケーション、「で、このことについてあなたは何を感じている?」と踏み込んで尋ねるコミュニケーション、などなど、いろんな知恵と技を総動員していて、どれもこれも必要としている人がいたら懇切丁寧に語って伝えたい!(笑)そんな一つが、「四魂の窓(個性認識学)」というこころと魂の地図。冷静(Cool)か情熱的(Hot)か、合理的(Dry)か情緒的(Wet)かで区別される魂の4種の傾向を知るというもの。ちなみに僕はCoolでDryな「智」の性質が強く、彼女はHotでWetな「愛」の性質が強く、見事に正反対のためそうとうちゃんとコミュニケーションを取っていてさえ、いちいち人生や世界の前提が違いすぎて常に誤解があります。その違いを理解するガイドラインに、この地図がずっと役に立ってくれてるの。対人関係の悩みを、こんなに手軽に、こんなに本質的なところで助けてくれるツールはそうそうない。***僕が、自分のオリジナルのものではない「四魂の窓」をせっせとどこに行っても紹介しているのは、これがほんとうにすごいものだから。そういうものって、不遜なわたくしにとっては滅多にない。そうこうしているうちに今では農水省のチームビルディング研修にも繰り返し使わせていただいているくらいの、実践的なツール。僕は心理学はプロ中のプロですが、これほどのものってほんとに貴重なんです。それでですね、仕事でも大いに役に立つんだけれど、パートナーシップでこそこの有用さが際立つなあと僕は個人的に感じています。パートナーの言うこと、やることに、「はぁ!?意味わかんない!」と思ったことのある人は、これをちょっとでも知ってほしい。大人気のワークショップ「好かれる勇気」でも、ほんの触りだけど紹介して、みなさん大いに役立ててくれています。で、これはお知らせなんだけれど、こんどはもう一歩踏み込んだ公認講座があります。なんなら教える側目指したいって人もどんどんきてくれるといいな〜。5/20(日)個性認識学講座基礎 東京https://www.reservestock.jp/events/257217

たましいの願い、、、の前にも願いはある。

北海道では、桜も梅も一緒に咲くと聞いてはいましたが、ほんとすごいね。桜も梅も木蓮もコブシもツツジもスイセンもいっぺんに咲いております。さて。ほんとうに欲しいわけじゃないものを「欲しい」と言ってることって、よくあります。手に入れたところで、あれ、たいして嬉しくもないじゃないか、というようなもの。不安と欠乏の意識にいると、自分でもその罠に容易にはまってしまう。それとは対極に、たましいの願いのようなものもあります。一生かかってでも、もし届かなかったとしても、願わずにはいられないようなもの。で、この両極はある意味わかりやすいんだけれど、どちらでもないレイヤー(の、たましい寄り)に、関係性の中でこそ満たされる願いやニーズというものがあったりします。パートナーシップでは、ここのレイヤーが致命的に重要な意味を持っているんですよね。***そして多くの日本人が、察して誤解してすれ違っているポイントも、この辺に大量にあります。もともとは僕は、ほんとわかっていなかったし、それでもずいぶんわかっているつもりでいました(大きな間違いでした)。あまりにも違うので、もしかしたらほんとうには理解し得ない部分もあるけれど、僕とパートナーは何年もかけてすご〜く理解を深めてきました。こうした理解を深める上で、なによりも助けになったのが四魂の窓(個性認識学)。これがなかったら僕はもっとそうそうに諦めちゃっていたかもしれません。人との違いをシンプルに理解するための地図として、これ以上のものはないです。性格のタイプ論のようなものはユング、MBTI、エニアグラムから始まって、かなりなんでも勉強してきましたが、それらほとんどすべてが、専門家じゃないとうまく使えないような難しさ(僕はプロなので多用してますけどね、、、)。それに対して四魂の窓は、ずば抜けてシンプルで、でも日本古来からの伝統に基づくすごい深さと、それによる実用性があります。これみんな知ったらいいのに〜〜〜。と願わずにはいられません。*******ここからは宣伝ですが、パートナーシップの理解にすばらしい威力を発揮する四魂の窓に触れられる次のチャンスは、5/20。パートナーとの関係をより良いものにしたい人、身近な人との関係でイラっとくるのをやめたい人は是非いらしてください。5/20(日)個性認識学講座基礎 東京https://www.reservestock.jp/events/257217

いのちが輝くときって、必ずしもワクワクとかじゃあない

自分らしく生きる、とくに仕事も含めて自分らしく働いて、幸せに生きようと思ったら、もちろん好きな分野に関われたらいいし、得意なことを活かせたらいい。そうなんだけれど、人がほんとうにいのちを輝かせるのって、なんというかな、楽しいとか好きとか、巷でよく言われる「ワクワク」とかとは限らないんですよね。ワクワクすることでエネルギーが湧くっていうのはもちろんあるよ。それはあるし重要。でも、地球に生まれて、愛を持って生きようと思ったら、絶対にワクワクみたいなポジティブな気持ちだけにはならない。もしそうなってたら、そのとき僕らは99%、全力で生きることからは逃げてると僕は思います。別に逃げることがいけないって言ってるわけじゃないんですよ。それでもいい。僕もちょいちょいあるし。でも、ほんとうにいのちを燃やしたかったら、ほんとうにいのちを輝かせたかったら、よくよく見直した方がいいと僕は思う。***僕が知る限り、多くの人のたましいは、不可能を追い求めてる。「いやいやそんなこと、ムリでしょ、明らかに」っていう願いを持ってる。たましいの声に真摯に耳を傾けるなら、世界平和を願っていたり、地球を丸ごと救いたかったり、ほんとうの愛を極めたかったりする人は少なくない。別に大きなことじゃなくても、誤解だらけのこの人と本当に深く愛し合いたいとか、不治の病にかかったこの人を苦しみから救いたいとか、簡単じゃないことだらけなんです、人が心から望んでいるのは。でも当然、「自分がそんなこと言っていいのか」「自分にはできるわけがない」「自分はそれに値しない」「願って得られなかったら耐えられない」「なんでいつまでたってもこうなんだ」などなど、不安や怒りや自己否定など様々な痛みがそこには沸き起こる。そりゃそうだよね、限りなく不可能なことを願ってるんだから。***そこで僕らが、真の自分とつながるための道は、その不安や怒りや自己否定に入って通り抜けた先にある。そんなにこころ乱れるのは、そこにほんとうに大切なものがあるから。どうでもいいことにはこころは乱されない。そのこころの乱れや痛みを避けて通ったら、それは本当に大切なものを大切にする生き方からも離れてしまうの。そうするといのちは、輝きを失っていく。だからね、ワクワクとかだけじゃないんですよ。あなたが嘆き、悲しみ、怒り、不安にとらわれたら、そこにあなたのいのちが輝く世界への通路がある。ちゃんと嘆くことを自分に許したら、あなたのこころは再び開くし、つまりはいのちの輝く人生への扉が開く。僕はこれまでたくさんの人が、その道に入っていくのを見届けて来たけれど、みんな笑顔でワクワクして入っていくとは限らなくて(そういう人もいるけど)、むしろほとんどの人はもっと真実の泣き顔で入っていきます。

いのち

今日、カウンセリング受けていて、僕の中のより深いところで理解できたのは、僕は「いのち」に魅了されているということ。この青い惑星という生命体のいのちや、僕の知っている鳥や花や動物や樹などのいのち。人を見つめた時に見える、外見の造形の奥にある美しさも、僕はそこに「いのち」をみて、いのちと出会っているんだなと。***「なににいのちが見えて、なにには見えないのでしょう」と問われて、ちょっと面白かったんだけれど、たんに無機物有機物とか、自然のものと人工のもの、とかではない。たとえば僕は10円玉にはいのちが見にくいけれど、MacとiPhoneには多少なりともいのちを感じるんですよね。それで気づくのは、ひとつには、いのちを感じる対象とはコミュニケートできている感覚がある、ということ。MacもiPhoneもコミュニケーションが通じる感覚があるし、僕が科学者やっていた時の実験装置も僕が大事にメンテナンスするほどに、いのちが吹き込まれていった。そして、もうひとつには、人工物でいのちを感じるものは、愛で創造されていることがわかるというか、作り手の愛がそのものをとおして僕に伝わってくる感じがあるというか。まあ全ての人工物には愛のかけらが入っているので、それを強く感じるものは、僕にとって感じ取りやすい形をしてるんだろうけれど。***こういうことを感じているうちに、いのち、愛、っていうのは、宇宙を動かしている力(フォース)なんだっていう感覚が、どわっと押し寄せてきました。種が芽吹いて、太陽に向かって伸びて葉が開いて、蕾ができて花が開く。それはいのちの働きによって、そうなっている。その働きは、この生命体としての地球を動かしてもいるし、僕自身を育て、動かしてもいる。この「いのち」が、あらゆる場所に形を変えてはたらき、現れている。全てに宿って宇宙を動かしている、そのフォースが僕なんだ、みたいな感覚が押し寄せてきました。それはなんとも圧倒的でした。それを、全ての人に、全てのものに、見ながら生きていきたい。

気持ちの話をしているのか、意思と計画の話をしているのか問題

ここ数日、日中はパートナーとかなりインテンシブに語り合っています。僕らは、お互いの間で感じた気持ちを全て分かち合うことに挑戦しているんだけれど、このところクローズアップされているテーマがあって。それは題していうなら、「気持ちの話をしているのか、意思と計画の話をしているのか」問題。ホットでウェットなタイプ(四魂の「愛」)の彼女は、比較的今この瞬間の感情を強く感じながら生きているのに対して、クールでドライなタイプ(四魂の「智」)の僕は過去から未来の計画の中での今について気にしていることが多いのです。なので僕は気をつけていてもつい、今感じている気持ちのことは気づかないくらいに放っておいてしまうし、彼女は意思と計画という視点が薄い。***そうするとですよ。僕は彼女が今の瞬間の感情を語っているときに、意思と計画についての話として聞いてることがけっこうある。最近そのことが問題化する場面がたて続きました。たとえばだけど、ある物件を見に行って彼女が「この家に住むのは絶対ないな」と言った時。彼女は、「この家に住むのはとても嫌だなと、今は感じている」という話をしているんだけれど、一方僕は「ふむ、そしたらチェックリストから一つ消えたな。絞り込めた。ひとつ前進。」と思って聞いてる。で、数日後に他の家を見ていて、彼女が「ここに比べたらこの前の家の方がいいかも。迷うなあ。」とかいいだしたりすると、僕はすっかり混乱してしまうのでした。これじゃあ振り出しに戻るじゃないか。どこからやりなおしたらいいのだろう、って。こういうすれ違いが、短期的、長期的な人生計画でたくさん起こっていることがわかってきたのでした。***難しいのは、彼女が「この家に住むのは絶対ないな」という時、彼女の気持ちとしては「この家に住むのは絶対ないな」というのがほんとうに一番しっくりくるので、彼女としてはふつうにほんとうのことを言っているだけ。なので彼女も気をつけていても気付きにくい。そしてこれまでも、比較的ウェットチームの人たちとの関わりが多かった彼女は、それでさして困ることなく過ごして来られた。でも僕は、彼女の意思と計画を聞いた上で、自分の身の振り方を決める必要があることがけっこうある。というか、この何年にもわたってそういう選択の連続だったのでした。で、このすれ違いがあると、僕としては「あのとき君がああいってたから、僕はこうしたのに、なんで言ったこととやることが違うんだ」と、なんだか約束が守られなかったような気持ちになって彼女を責める気持ちが出て来てしまうし、それはちょっと、積年の恨みみたいなトーンを帯びる。(^^; これは関係性の健全性からするとたいへんよくないです。***で、ここ最近は僕が以前の彼女の発言をどういう意味として聞いて、それをもとに何を天秤にかけて、どんな選択をしたのか。それがどんなふうに見立てと違っちゃっていたのか。そういうことを図にしたり表にしたりして話しています。彼女がすごいのは、こういうふうに僕の気持ち、僕の内面で起こっていたことを語るときに、ほんとうにしっかりと尊重して聞いてくれるんだよね。そして、「確かに私の表現が不正確だったために起こったところがあるね。それはごめんね。」って心を込めて謝ってくれたりもする。書いてて改めてすごいなって思います。僕は彼女こういう性質に本当に救われて来た。それで、あらためて二人でこの点について気をつけようと、それから彼女はできるだけ意思と計画の話を意識的に取り入れてみる(気持ちの話は当面たぶんこれまで通りにやってしまいそうだから)って言ってくれてるところです。